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昭和南海地震から75年 専門家が指摘する「まちの変化」

「その被害は西南部日本全地域にわたりさらに、地震直後襲来した津波は沿海各地を襲い、被害を一層大きくしました」(記録映画)

1946年=昭和21年12月21日。午前4時19分という真冬の早朝のことでした。昭和南海地震から75年が経ちました。マグニチュードは8.0。大きな揺れによる家屋の倒壊や最大6mの津波で、県内の死者・行方不明者は679人にのぼりました。

高知市では、液状化で堤防が決壊し1m以上、地盤が沈下。市街地の広い範囲が1か月近く浸水しました。

地盤工学の専門家で防災に詳しい高知大学の原忠教授に、昭和南海地震から得た教訓を聞きました。

「高知県はどういう所なのか、というのを感じることができたのでは。約100年に1回、プレート間地震という周期性のある地震が起きる。揺れが想定されるということと、津波の被害があるということが改めて浮き彫りになった」(高知大学 原忠 教授)

しかし、75年という時間の経過に伴い教訓は人々の記憶から薄れつつあります。

「地震が繰り返し起きたということがわかった一方で、75年という月日が経っているわけで、県民の中に過去の記憶は薄れがちであるしそこで得られた教訓もやや忘れがちなのかなと」(高知大学 原忠 教授)

次の南海トラフ地震の発生確立が30年以内に70パーセントから80パーセントといわれるなか、原教授は、当時と今とで大きく異なる“ある変化”に注目しています。

「『まちの構造が変わった』と思う。人口がある地域に集積したり、いわゆる「都市化」が進んだということ。何が言いたいかというと、当時に比べて災害リスクが高まる要因になった」(高知大学 原忠 教授)

進む過疎化や少子高齢化を踏まえ、「『地域』に目を向けた防災が重要だ」と指摘します。

「若年層がいない集落でも災害は『待ったなし』で来ますのでそういう方同士のコミュニティの形成がどんどん難しくなる傾向がある。そういう意味では、昭和南海地震よりも人口構成で言ったら地震の解決は難しくなる傾向がある。昭和南海地震から75年という節目を迎えた今だからこそ、地域の災害リスクをもう1度見直してほしい、あるいはリスクを理解することが大事。より南海トラフ地震の対策を加速化させて前向きに地震対策に取り組んでいく、そういう姿勢が問われているのではないか」(高知大学 原忠 教授)