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難しいからおもしろい!能楽師に聞く能の魅力

きょうのテーマは「能」です。

「聞いたことあるけど、見たことはない」という方も多いかもしれません。そんな能を全国で普及させようとしている能楽師の方に魅力を教わりました。「難しいからおもしろい!」三上アナウンサーの取材です。

「からふるで基礎から学ぶ、能meets高知!」

林本:能楽師・林本大さん
三上:三上萌々アナウンサー

三上:それでは本日、林本先生、どうぞよろしくお願いいたします。

林本:よろしくお願いいたします。

三上:私、恥ずかしながら、本当に能に触れる機会があまりなくて、無知なんですが・・・

林本:今日はわかりやすく、能のお話をさせていただければと思います。

能楽師・林本大さんは大学のクラブ活動で「能」に出会い、その道を志しました。独立を許された後、全国、海外で公演を重ねる一方、2019年からは「難しいから面白い能」を目指して、能講座「能meets」で全国で普及活動に取り組んでいます。今年11月には高知公演も予定しています。

林本:まずその能は何かということなんですけれども。今そちらに書いていただいたように能のそこに歌舞劇と書いてますね。この能を説明するのには、歌舞劇という言葉が一番ぴったりくるんです。これ見てそのままなんです。歌って舞って、それが劇になってる。これが能なんです。歌ありダンスあり、それがストーリーになってるもので、おそらくご存知なものはミュージカルだとそうですね、ミュージカルの皆さんはセリフがあってストーリーを進行していくんですけど、いきなり歌ったり踊ったりしますよね。能も全く同じことだと思っていただいたら。

林本:世界で最古の歌舞劇なんです。これ実は日本人の方がよくなかなか知らないご存知じゃないことなんですけども、一番古いんです。だいたい歴史で言えば、700年近く。

林本:世界最古と言われるとどうしてもあのギリシャの演劇とかローマの演劇の方、あちらはもう1000年ぐらい前からあるんですけど、そのギリシャの演劇などは1回どっかで途絶えてるんです。

三上:そもそも1からなんですけれども、能と歌舞伎っていうその違いがわからない方もいらっしゃると思うんですが・・・

林本:実は能と狂言は、同じなんです。同じというか能と狂言を足して、能楽というふうに我々呼んでるんですね。狂言は、能の役者の一部なんです。これどういうことかといいますと、能の役者といってもいろいろありまして、今一番下に書いてるシテ方、私はシテ方という役名なんです。シテ方っていうのは主役をする人。脇方というのは、脇役をいわゆる脇役をやる人というふうに、笛方といえば笛を吹く人というふうに分業なってる中に狂言方というのがあるんです。

三上:そうなんですね本当、部署の会社の部署の一つのような。

林本:そうです。その狂言はどういう役割かというとちょっと茶化したりする、ちょっとシリアスな場面にちょっとおかしみを滑稽さを持って入れるような人たちなんです。ですのでよく間違えられるんですけど、あの巷で狂言師っていう言葉が流行ってるんですけど、狂言師っていう言葉はないんです。狂言の人たちは能楽師狂言方なんです。

三上:なるほど、能楽っていう括りの中の一つ。

林本:そういうことなんです。その後の歌舞伎っていうのが、これもっと江戸時代ぐらいに出てきたんでしたかね、歌舞伎というのは、この能が、非常にわかりにくいとセリフも昔の言葉をずっと続けてますから、江戸時代の人から見ても、昔の言葉なんですよね、能の言葉は。そうなると庶民の人が楽しめないんです。ちょっとかみ砕いたものを作るという傾向になってきたんです。

林本:これが能を傾いたわけです。傾くっていうのは、傾けるっていうことですよね。つまり、例えば帽子でわかりやすく言うと、きっちり帽子をかぶってるのが能だとしたら、ちょっとこのつばを後にしてみたりするんでしょ?それを傾けたわけです。要するに、帽子のかぶり方を傾けたわけです。だからそれが歌舞伎になっている。

三上:そういうところから歌舞伎も来ているんですね。

林本:そうです、歌舞伎の場合は、お客さんがいわゆる一般庶民の人でしたから、客席に気を使う必要がないんです。能の場合は、武士や将軍や天皇家で名だたる人が見てたから、きちんとした客席を作らないといけなかったんですけど、歌舞伎の場合は客席に気を使う必要がなかったので、いわば原っぱで見てたりしてたわけです。なので、芝に居ると書いて芝居という言葉が生まれたんです。だから歌舞伎は歌舞伎は芝居ですけど能は芝居じゃないんです。お客さんが芝なんかには座ってないから。

三上:すごい、すごい、勉強になりすぎて首をずっとこう縦に振っているような…能の舞台で能楽師の方が皆さんがお面もされてると思うんですけど、能面?

林本:能面と言いましたり、我々は表というふうに。

三上:一見ちょっとだけ無表情というか、感情を感じられないようなお面んですけれども。

林本:よく能面といえば、あの無表情、「犯人は能面のように無表情だ」とかよく言われるんですが、無表情ではないんですね。今日ちょっと何面か持ってきてるので。

三上:実際に、ありがとうございます。

林本:おばあさんですね、姥というの能面。これがですね、無表情なんですが、ある人が見たら、この能面は泣いてるように見えるかもしれないです。

三上:私、ちょっと悲しいような表情に感じました。

林本:そうですね、でも違う人が見れば、何か喜んでるように見える人もいるかもわからないんです。というように、見る人によって感じ方が全然違うんです。この表情は無表情という表情じゃなくて、中間表情っていうんです。すべての表情の一番中間の家を作ってるのが能面なんです。あらゆる表情になれるということなんです。伝わるかどうかわかりませんがちょっとこの面を傾けてみますね。よく見てくださいね。

林本:今度は上向けてみますね。

林本:このちょっとしたから顔の傾きで表情が変わるように作られてるのはこの能面のすごいところなんです。例えば、悲しいときにもう思いっきり下向くとか、嬉しいときにうわっと上向くということをやらないんです。悲しいときも、ちょっと下げるだけ。何か物事を決意したとか、明日の光が見えてきたなんていうときには、もうこれだけなんです。

林本:能の中でわかりやすくチャンバラをするシーンがありまして、あのスバッとか音が出て、やられたとか切られたとかこんな苦しみながらフェードアウトしていたりしますよね。能はそういうわけではなくて、やっぱりこの能の切り込みも形式的に。合わせないんですけどそこに、その刀と刀が合わさった金属音みたいなキーンとかカーンとか、ギリギリギリとか、そういうものはお客が想像するわけです。だから能の場合は一歩手前で止めちゃうんです、全部。これを刀とするとこうして構えて、これも本当は両手で刀を両手で持つものですけども、両手でリアルに持つのではなくて、こう、手をそえているだけです。これで両手で持ってるということです。これで相手と上で合わせ、下、で返す。

林本:これも能には珍しいんですけど、死に方がいろいろありまして、一つは「安座」といいまして、本気でやらないですけど、切られたら安座と言って・・・これが安座。これで死んだということになるわけですね。あとはもう私ももう40過ぎたので、もうやめてくれって言ってるんですけど、仏倒れっていうのがあって、切られたらですね、このまんま、やりませんけど、あの仏像がそのままバン後ろ倒れるように倒れるという仏倒れという。

三上:ええー、命がけなんですね。

林本:そうですね、意外ととアクロバットな演技をすることもあるんですよね。

林本:心は十分に動かして演技をしなさいと。だけども体は七分だけにしなさい、体を動かすのは七分で止めなさいという言葉があるんですけど、そのようにその心を主体で動いていくということですね。

三上:本当に今日で能の見方っていうのがガラッと変わりました。一見難しいって印象があったんですが、そうではなくて、逆に想像力をこう書き立てるというか、心で感じる、すごくワクワクするものなんだなっていう印象を抱きました。

林本:そうですね、難しいから面白いと思っていただけたら私も非常に嬉しいです。

三上:高知公演楽しみにしています。

林本:ありがとうございます。

能楽師・林本大さんが主催する能meets高知は11月8日(月)に県立美術館の能楽堂で行われます。また11月23日(火・祝)には「能meets殺陣高知」と題してミニシアター蛸蔵で殺陣などの体験ができるイベントも予定されています。